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西阿知と技術

手機から進化し、老若男女誰もが携わった「花ゴザ産業の街」

明治26年(1893)ごろよりこの地区にて特に上敷きと花莚が盛んに生産されるようになりました。
ゴザの出荷拠点としても設置された西阿知駅周辺には数多くの花ゴザに関わる事業者が生活しており、製造拠点として日々技術の開発が切磋琢磨されていました。
製造拠点として栄えていく中で、西阿知には花ゴザに関わるあらゆる施設が整ってきます。

織機組立工場 / 鉄工所 / 染色屋 / 織屋 / 問屋 / 加工屋 ...etc

西阿知と技術 道具類

そうして西阿知地区で花ゴザのインフラが整っていく中で、明治30年代後半から昭和20年代後半にかけて岡山県下では様々な自動花莚織機が開発されていきました。
現在も現役として活躍している「岡式」織機は西阿知にて開発、改造されてきた手機から進化した個性あふれる機械です。

西阿知と技術
西阿知と技術 コマ

花ゴザの特徴の一つに、ゴザには「耳組」が施され、切りっぱなしではない天然の形成がなされています。これは、織機を開発した職人や工房によっていくつかの種類があり、織込み職人は自分のこだわる仕上げによってそれぞれ改造したものでした。今でも完全に開発当時の姿をしたものはなく、各工場の特徴ある織機がそれぞれ残っています。

もともとは吉備の穴海と呼ばれる大きな海だった現在の倉敷市には多くの「島」が付く地名があります。
西阿知は海岸に面して古くは国道が海岸線を通っていました。その名残が今も見ることができ、民芸品で有名な「三宅松三郎商店」や「今吉商店」など、今も歴史ある道沿いで商いを続けています。

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